東京経済提供:企業ニュース・大型倒産速報
東京経済株式会社
東京経済
>>メールマガジン購読について
会社情報 | 個人情報保護方針 | お問い合わせ
企業情報インターネット検索
全九州&広島県 企業情報
倒産情報&債権者データ
インフォリンク21
ログイン画面へ
インフォリンク21とは
東京経済東経ニューストップ倒産予知情報(特別情報)大型倒産倒産情報債権者情報経営指針経営は心会社訪問調査員の目倒産集計プレスリリース売ります買います求めます

会社情報

-

メイン

2010年06月23日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏7

ハウステンボス撤退条件まで取り付け、満面の笑み

 2月12日午後2時、HTBのホテルヨーロッパで開かれた経営支援基本合意の記者会見。朝長市長、金子前知事、松尾会長などの主役が勢ぞろいする中、真ん中に澤田会長が座った。HISが20億円、福岡経済界が10億円程度を出資して新会社を設立して、4月から経営を引き継ぐ。閉園を避けるため、奔走した朝長市長の横で最初は神妙な面持ちだった澤田会長だったが、HTBの再建案について水を向けられると、時折大きな身ぶりを交えながら延々と夢を語った。

 「アジア最大のアウトレットモール」「コールセンター」「医療村」…。支援を決断した理由については、「みなさんの熱意、それとぼくの何とも言えない血。難しい案件に情熱を燃やす体質なので」と満面の笑みをみせた。それは、「撤退条件」まで取り付けた『条件闘争』に勝利した満足げな顔にもみえた。


3月26日に「中期経営計画」発表

 HISは3月26日、向こう3年間の中期経営計画を発表した。

 澤田会長は3月以降ほぼ現地に常駐し、陣頭指揮を執っている。強引なトップダウンで推し進め、人心が離れた野村PFの失敗を踏まえ、社員から意見を吸い上げながら計画を練っているという。だが、多額の更新・修繕費の問題は先送りにされたままだ。澤田会長は「10年間で世界一の観光ビジネスタウンにする」と壮大な夢に向かって走り続ける姿勢をみせるが、「今後3年間は仮免許のようなもの」と警戒する声もある。最後までしたたかだったカリスマ経営者の、再建の手腕に大きな注目が集まっている。

2010年06月22日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏6

ハウステンボス澤田会長の影で悩んでいたHIS経営陣

盛り上がる地元の歓迎機運、積極的な澤田会長。この間で一番悩んでいたのはHISの経営陣だ。12月16日、東京・日本橋の東京証券取引所であったHISの決算会見。数字のやりとりもそこそこに、HTB関連の質問が相次いだ。42歳の平林朗社長は「年内に(結論を)表明するのは99.9%ない」と澤田会長の発言を打ち消し、「個人的な意見」と前置きした上で「正直、厳しいという印象だ」と悩ましい胸の内を明かした。

 この日発表されたHISの2009年10月連結決算の純利益は約33億円。世界不況のあおりを受け、売上高は前期比11.8%減少した。開業以来、一度も黒字を計上したことがないHTBへの投資は、本体の経営も揺らがせかねない。平林社長は、上場企業のトップとしてカリスマ的な創業者の思いとは別次元でHTBの支援を冷静に考えていた。


破格の条件を提示した朝長市長

 調査すればするほど、HTBの課題が見えてくる。野村PFが経営した約6年間、新たな大型映像施設や飲食店など追加投資には熱心だったが、ホテルや排水設備など肝心な基盤更新や修繕は怠っていたことも徐々に分かってきた。調査が進み、年が明けると、さすがの澤田会長も「隠れた爆弾がたくさん出てきそう。怖い」と腰が引ける。夢の街を再生するアイデアはあっても、その前に基盤整備や修繕に多額の費用がかかるのは「後ろ向きのカネ」にほかならない。澤田会長は1月下旬、ひそかに市や県に「年間の修繕費が5億円以下ならいいが、10億円以上かかるようなら難しい」と伝え、支援断念に大きく傾いた。

 2月に入り、事態は急転した。8日朝、海外出張を終えて久しぶりに出社した澤田会長を、朝長市長が待ち構えていた。

 議会に諮る前に「支援交付金」という破格の条件を示し、下水処理視察と一部施設内道路の保有ものんだ。協力を求めた県はマリーナの保有を決めた。「最後は情に訴えるしかない」。わずか5分間の面談。必死に頭を下げた。「もし予想以上に経営環境が悪化したり、修繕費がかかったりした場合は経営継続が困難になる場合もありうる」。朝長市長は、基本合意書に予期せぬ事態が起きた場合には経営から撤退することを容認する「撤退条件」を盛り込むことまで譲歩した。もう後戻りできない。「半分は善意ですよ」。最後まで慎重だった平林社長が、この日完全に折れた。

2010年06月21日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏5

ハウステンボス幻となって消えた地元支援の腹案

 松尾会長には腹案があった。検討会に入った7社が出資し合って運営会社を作る。出資比率が15%を超えると「関連会社」として、経営に責任を持つ義務が生じるが、それ以下であれば応分の負担で済む。HTBの経営に関係が深い九電や九電工、西部ガス、JR九州が14%ずつ出資し過半数を持ち、残りを福岡や長崎の企業で出す。形を変えた地元による「独自支援」。これでまとめられるとの自信もあった。

 しかし、残り10分で雰囲気が変わる。出席者の一人が「それでは前に進まない。やはり中心的に引っ張る社がないとだめだ」と発言。別の社長は「挙党態勢でノウハウのある社長を連れてくればいい」と松尾会長の意見に賛同したが、「HISに任せた方がいい」という意見さえ出た。結局、検討チームが知恵を絞って作成した4案の前提となる運営主体の問題で議論が『空中分解』する結果になった。松尾会長は、その日のうちに佐世保市に朝長市長を訪ね、経済界としての結論を伝える。要請を受けた経済界のトップが、あえて足を運んだところにも、その無念さがうかがえた。


HIS経営陣の中で唯一、経営意欲を見せ続けた澤田会長

 福岡経済界が独自支援を検討した第二幕の見通しが厳しくなりつつある中、交渉の第三幕が静かに動き始めていた。

 11月初旬、HTBを長身の男性が取り巻きとみられる数人の男性と歩いていた。HISの澤田秀雄会長。電話一本の事務所から始めた格安旅行会社を上場企業まで育てた立志伝中の経営者だ。1996年には格安運賃のスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立して硬直した航空業界に風穴を開けた。2005年には熊本市のバス会社九州産業交通ホールディングスを買収するなどM&Aにも乗り出していた。国内外でホテル運営の実績もあり、佐世保市の経済界関係者から紹介された朝長市長は「HTBを運営する企業としては三拍子そろっている」と、ひそかに『本命視』していた。

 「相当なリストラが必要だ」。HTBを視察した澤田会長の印象は、これまでに候補に挙がってきた企業と同じように厳しかった。だが、根本的に違ったのは、一身でベンチャー企業を育てあげた「挑戦心」だった。HISの経営陣の大半が難色を示す中、一人「難しいが、久々にやってみたい案件」と意欲をみせ続けた。

 11月30日に福岡経済界が支援断念を決めた後の朝長市長の動きは速かった。年間9億円に上るHTBの固定資産税負担を免除するため、相当額を交付する「支援交付金」という奇手をひねり出し、12月初めに長崎県の金子原二郎前知事とともに東京・新宿のHIS本社を訪ね、澤田会長に提案。鬼気迫る地元の熱意に、澤田会長も「年内には結論を出したい」と前向きとも取れる考えを伝えた。

 組織としては依然反対色が圧倒的に強かったHISだが、地元の熱意と澤田会長の挑戦心に動かされ、本格的なHTBの資産査定と再建案の策定に乗り出すことを決める。

 主体的な経営を断念した福岡経済界も、HTBと事業での関係が深い九電や九電工、西部ガス、JR九州を中心に10億円程度を出資する方針を固めた。こうした一連の動きから、既に取材が過熱していたマスコミの中に「HISが支援へ」とフライングする社も出たほどだ。

2010年06月17日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏4

ハウステンボス佐世保市が福岡財界に『SOS』

 約1000人の雇用を抱えるHTBの経営破たんが現実味を帯びた10月6日、地元佐世保市の朝長則男市長があわてて福岡市の九州電力を訪ねた。「みなさんで支援を検討していただけませんか?」。「それは九電に、でしょうか?」「いいえ、福岡財界です」。面談の相手は九州経済連合会(九経連)の松尾新吾会長(九電会長)。

 7月に野村PFから報告はあったが、今回は市役所からの『SOS』。「分かりました。取りあえず検討します」。松尾会長は事態の深刻さを感じ、福岡の企業トップを集めることを決意。早速2日後の朝、再び九電、JR九州、西部ガスなど7社の社長がホテルに集まり、HTBの再建を独自に検討することを決めた。迷走の第二幕の始まりだった。


地元独自支援の模索とHISの登場

 「運営をきちんとできる方がどのくらい残っていますか?」「会社更生法の適用を申請した経緯を教えてください」。10月中旬、松尾・九経連会長の発案で立ち上がった福岡財界検討チームのメンバーが長崎県佐世保市を訪れ、HTBのOBなどへの聞き取り調査に走っていた。松尾会長から与えられた期限は1カ月。福岡経済界7社から集められたメンバーに弁護士なども加わった約20人がほぼ1週間に1回、JR九州本社に集まり、それぞれで調査したデータを突き合わせてHTBの再建シナリオに知恵を絞った。

 約束の期限を少し過ぎた11月13日、6回目の会議が終了。出来上がったのは、HTBを現状通りの規模で継続する案や縮小して入場料を無料にする案まで計4つ。「大変でした」。会見した事務局役のJR九州幹部は表情に疲れもにじませつつ、報道陣から「7社以外からアイデアが寄せられたことは?」と水を向けられると「ご熱心な方が」と漏らした。旅行業大手のエイチ・アイ・エス(HIS、東京)が新たな支援候補になっていることが判明したのは、その直後だった。

 24日早朝。佐世保市から支援要請を受けた福岡経済界の首脳が福岡市内のホテルに集まった。検討チームが知恵を絞ってまとめた4案を基にした議論は1時間以上白熱。だが、結論は「保留」。

 終了後会見した九経連の松尾会長は「時間不足」と、支援の可否を決めるには時間が足りなかったことを強調しながら、こう付け加えた。「われわれは10月に(佐世保市から)投げられたボールを返すべきであり、HISを前提とした案は混乱を招くような気がした」。経済界にとって、HTBが九州観光の「宝」という認識は一致しており、「支援」には異論はない。だが、「経営」を引っ張るとなるとどこも腰が引ける。そこに降ってわいたようなHISの登場。歓迎すべき話ではあるが、再建策策定にかかわった経済界からは「お金も時間もかけて案を作ったのに…」と状況の変化に戸惑いも隠せなかった。

 「結論からいうと、今日もだめだった」。6日後の30日午前8時半、2時間近くに及んだ2回目の会議が終了後、九経連の松尾会長はぶぜんとした表情でこう切り出した。佐世保市から要請を受けて議論を重ねてきた福岡経済界の答えは「ノー」だった。「手を挙げるところはありませんか、と言ったら、なかった」。松尾会長は無念さを隠さなかった。

2010年06月16日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏3

ハウステンボス海外戦略の強化が裏目に

 アトラクションやレストランなどの投入が奏功してひと息ついたと思われた翌2008年、HTBを取り巻く環境が急転する。

 「このままではだめじゃないですか」。秋、更生計画に沿って経営再建を進めるHTBの法的な『番人』である弁護士(管財人)がHTBの経営陣に激しい口調で迫った。世界不況で激減した外国人観光客の影響もあり、夏以降の入場客は前年比で2けた減と落ち込んでいた。この年270万人を目指した中期経営計画はおろか、200万人割れも現実味を帯びていた。海外戦略の強化が裏目に出たのだ。

 HTBの経営陣は忠告を受け、構造改革プロジェクトチームを設けてリストラ策の検討に入る。書き入れ時の年末年始になってもHTBを支えてきた韓国人や台湾人などの外国人の足は止まったまま。「もっと抜本的な改革案が必要だ」。野村PF首脳は危機感を強め、HTBは2月に内部の施設であるホテルデンハーグの閉館や従業員250人削減などのリストラ策をまとめた。HTBが誇るホテル群から初めて1つの灯を消す大きな決断だった。

 すでに野村PFがHTBに投じたカネは、最初の投資額を含めて計約300億円。「これ以上の投資は無理だ」。野村PFが経営再建を断念し、極秘に新たな支援企業をリストアップしたのはこの時期だ。

 野村PFの支援企業探しは難航していた。経営危機が長引き、入場客の減少にも歯止めがかからない。2000億円超かけてつくった夢の「街」は、固定資産税や光熱費、人件費という固定費負担も巨額で「施設」としては重すぎた。当初、テーマパーク運営で実績のある国内企業や投資ファンドなど数十社あった候補企業は次々と消え、福岡経済界に経営難に陥っていることを報告した夏には事実上神戸市に本社があるホテル運営会社1社に絞り込まれていた。しかし、その交渉も難航、10月には条件が折り合わず、破談。「もう探すことができません」。野村PFは佐世保市へ支援企業探しが行き詰まったことを伝えた。野村PF主導で進んだ支援企業探しの第一幕はあっけなく終わった。

2010年06月15日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏2

ハウステンボス当初、強気の経営を貫いた野村PF

 HTBの支援交渉を振り返る前に、2003年2月に約2300億円の負債を抱えて会社更生法適用を申請して経営破たんしたHTBが、なぜ6年で再び破たんの危機に陥ったのかを検証したい。

 2000年以降、バブル期の過大投資のせいで経営不振に陥った企業や事業のM&A(合併や買収)を手掛ける外資系ファンドが注目を集めていた。投資してリストラや改装を施して再建し、売却して投資額との差益を得る。外資に対抗するように国内最大手の野村証券も2000年に投資会社の野村PFを設立して参入していた。当時の事情を知る地場金融関係者によると、野村PFは経営再建中だった大手スーパー、ダイエーが水面下で売却先を探していた福岡ドーム(福岡市)にも関心を示していたというが、出遅れて断念。代わりに目を付けたのがHTBだった。

 1992年に開業したHTBは、2000億円を超える投資に伴う負債で身動きが取れなくなった典型的な『バブル案件』。「施設は本物。経済成長中の中国や韓国などのアジア観光客にPRすることで、再建の可能性は十分ある」。HTBを視察した野村証券首脳は、HTBの投資先としての可能性に手応えを感じていた。

 野村PFの経営は一貫して強気だった。飲食店経営などの実績がある経営陣を送り込み、2004年度から本格的な再建に着手。約10億円を投じて初の通年ミュージカルを開催し、思うように客足が回復しないと、翌2005年6月に全日空出身の東園基宏氏を新社長として招へい。その後も変わらぬ積極路線で突き進んだ。

 「1億円使えば年間1万人増える」。東園社長は、社長就任の際に野村PFから条件として取り付けた100億円の資金をバックに、2006年度から2008年度までの3カ年計画(中期経営計画)を策定。愛知万博で好評だった大型映像施設や、外国人観光客向けの新たな日本食レストランなどを次々に開設した。成果は表れ、2006年度、2007年度と2年連続で200万人を超え、一時的に浮上したかに見えた。

2010年06月14日

HISが引き継いだハウステンボス交渉の舞台裏1

朝長佐世保市長とHIS澤田会長 経営難に陥っていた長崎県佐世保市の大型リゾート施設「ハウステンボス」(HTB)は2月12日に旅行業大手のエイチ・アイ・エス(HIS)が引き継ぐことを発表し、ようやく決着した。

 昨年7月に経営難が表面化して約7ヶ月。HTBを経営する野村ホールディングス傘下の投資会社、野村プリンシパル・ファイナンス(野村PF)のほか、地元の県、佐世保市、福岡経済界、HISが水面下で激しい綱引きを演じ、一時は破談、閉園の恐れも取りざたされた。

 最終的にHISに落ち着いたとはいえ、修繕費など予想以上の負担が生じた場合は経営から撤退するという異例の条件も盛り込まれた。瀬戸際で繰り広げられた交渉の舞台裏を報告する。


HTB支援を巡る迷走の始まり

 2009年7月13日早朝。福岡市内のホテルの会議室に九州電力、JR九州、西部ガス、九電工、西鉄など福岡経済界のトップが顔を並べた。朝食会を呼び掛けたのは野村PF。

 テーブルにはHTBの入場客数の推移などが記された1枚の資料。「世界不況の影響で(韓国などの)海外観光客が激減しています」。 野村PFの担当者は経営の厳しさを約30分説明し、既に支援企業と交渉していることも明かした。経済界へ具体的な支援要請はなかったが、HTBが深刻な経営難に陥っていることは、十分に伝わった。

 そして、この日が長いHTB支援を巡る迷走の始まりだった。