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2009年03月04日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化8

 ゴムの街として一時代を築いた久留米市。そのゴム産業が斜陽となった今日、それ以外の主たる産業がまだ十分に存立しているとは言いがたい。しかし、「とんこつラーメン発祥の地」、「焼き鳥店数日本一」としてのブランドを積極的にアピールするなど食を通じた街おこしの活動は全国的に注目を集めている。それだけに08年4月に合併により中核市に移行した久留米市にとって、街の顔となる中心市街地の開発計画は、街の再生の大きなチャンスとも言え、これからの動向が大いに注目される。

2009年03月03日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化7

 11年に九州新幹線が開通すると、福岡市から約20分と通勤圏内になる久留米地区。当然のことながら、そのベッドタウンとしての存在感はこれまで以上に高まると予想され、事実、それに呼応した動きとして、JR久留米駅周辺で高層マンションの建設が着々と進んでいる。

 また、同駅の西側に点在する水天宮などの歴史的遺産や近代洋画家の坂本繁二郎生家などを周遊する遊歩道の整備計画もあり、福岡のみならず、南九州、さらには中国、関西からの観光客も目論む。そうした域外から人を呼び込むには、中心市街地の開発計画は必要不可欠だ。

2009年03月02日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化6

街再生への大きなチャンス
 そうした中、久留米井筒屋跡地の再開発構想にからみ、新世界地区やダイエー六ツ門店跡を含めた一帯、約1万8000平方メートルを大規模に再生する計画が浮上している。この背景には、「井筒屋跡地に新たに施設ができても、単独では街の賑わいを取り戻すのは困難」という声があったため。そこで、久留米市、井筒屋、商店街などの関係者により新たに協議会を発足させ、商業、住居、文化などの機能のすみ分けを図り、それぞれが街の活性化に協力して取り組む態勢を整えようという動きが出てきた。市では、今年3月に国の認定を受けた市街地活性化計画を生かした補助金の活用法などを含めて全面的に支援していくという。

2009年02月27日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化5

久留米市中心部・六ツ門地区 また、井筒屋とともにこの中心商店街をリードしてきた旧ダイエー六ツ門店跡の建物も3年に亘ってテナントが決まらず空き家同然の状態。最大の地権者だった第3セクターの六ッ門プラザが破綻したため袋小路に陥っていた。

2009年02月26日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化4

 一方、08年3月に久留米市の中心市街地活性化基本計画が国に認定されたことを受けて、11年の九州新幹線鹿児島ルート全通に向けたJR駅前地区や、井筒屋にほど近い新世界地区で計画に沿った再開発が進んでいた。

 とくに新世界地区の再開発では、優良建築物整備事業として08年からマンションの建設が始まっており、11年には158戸の大規模マンションが完成する予定だった。しかし、この物件を購入し、一般販売する予定だった業者が、不動産バブルの崩壊によって経営破綻し、計画が宙に浮いたまま。

2009年02月25日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化3

 しかし、近年は福岡市への買い物客の流出、近隣のダイエー六ツ門店の閉店、そして同店から車で約20分の市郊外にあるゆめタウン久留米店の開業が客の流れを一気に変えてしまった。

 その証拠に、中心商店街の空き店舗率はそれまで一ケタ台だったものが、08年9月段階で約26%と急速に悪化。井筒屋とてそれまでの求心力を発揮することが不可能な状態になった。結果、同店の売上高はピーク時の半分以下の72億円まで減少。4年ぶりに赤字を計上し、08年2月期時点で63億円の債務超過に陥った。こうして09年2月末での閉店の流れが決まった。

 閉店後の跡地の開発構想として、新たに複合商業施設を建設し、そこに井筒屋が業態にあった店舗を出店するという話が進んだが、現在では新たな動きが出てきている。

2009年02月24日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化2

中心市街地の衰退と開発計画
 もともと井筒屋閉店の噂は絶えなかったとはいえ、現実の問題となると、地元のショックは相当なものだった。閉店の理由は、言うまでもなく業績不振だ。同店は1932年の開業で、62年に井筒屋(本社・北九州市)が地元百貨店・旭屋を買い取り、久留米井筒屋として、西鉄久留米駅前の岩田屋久留米店や地元商店街とともに中心市街地の繁栄を築いてきた。

2009年02月23日

井筒屋久留米店閉店発表の余波 中心市街地の再生計画が本格化1

 2008年8月、久留米市に激震が走った。同市の中心市街地の中核店舗として、長い間街の賑わいを牽引してきた井筒屋久留米店の閉店が発表されたからだ。その後、跡地の開発計画はその周辺地区を巻き込んだ大規模なプロジェクトとして動き始めた。この計画は久留米の街の顔としてのみならず、将来の発展の浮沈を握ると言っても過言ではない。