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新福岡空港の建設で布石を打った地元経済界19

ダッチロール続く福岡空港論議20年の軌跡
九州国際空港の議論から紆余曲折

 福岡空港を巡る論議は、足掛け20年近い歳月におよぶ。九州地方知事会と九州・山口経済連合会(現九州経済連合会)が1989年、九州の発展を目的に「九州国際空港検討委員会」を設置したのが端緒だった。
 
 九州国際空港の基本構想は、「4000メートル滑走路×2本、敷地面積1000ヘクタール」の国際ハブ空港を全面に打ち出していた。1996年の第7次空港整備5カ年計画(1996年〜2000年)での採択を目指したが、実現しなかった。ちなみに第7次空整で整備されたのが、中部空港である。
 
 その後、滑走路1本のみの福岡空港が増え続ける航空需要で将来パンク状態になるとの指摘が出た。1993年、福岡県が「福岡空港将来構想検討委員会」を設置。「新宮〜津屋崎沖、560ヘクタールの海上空港、3500メートル滑走路×2本、2020年開港目標」を主な内容とする新福岡空港計画が誕生した。
 
 2001年には福岡県、福岡市、地元経済界で「新福岡空港建設促進期成会」を組織して、後に幻となった第8次空港整備5カ年計画に再チャレンジする。新空港が現実味を帯びてくると、交通アクセス問題をはじめ莫大な建設費、建設予定地での環境問題、現空港の地権者問題や存廃問題が噴出し、文字通り宙に浮く。