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講演収録 「困難を克服して」 プロ野球解説者 島田 誠 氏 9

憎まれ役に徹したコーチ その裏に隠された本物の愛情

 日本ハムに入団後10年経ったある時に、2軍監督だった福田さんから電話がかかってきました。電話の内容は「君のような選手をもう一度育ててみたい」というものでした。福田さんは日本ハムをお辞めになって、さらにコーチとしてロッテ、中日、南海で手腕を発揮されていましたが、福田さんといえば、いやでも思い出してしまう記憶があります。入団1年目の7月8日から8月8日までの1カ月間、来る日も来る日も炎天下の真夏に、フライ捕球300本、バッティング500球という猛特訓を受けたのです。福田さんがノックするとフライがそのまま青空に吸い込まれるんじゃないかと思うぐらい高く飛びます。300本近くになると身体はヘトヘト、意識は朦朧としてきます。その時福田さんから「アマチュアならばワンバウンドで捕球してもいいが、プロはスライディングをして腕に擦り傷ができても必ず捕球しないといけない」という厳しいアドバイスを受けました。今、思えば、この時の教えがあったからこそ、ゴールデン・グラブ賞を6回も受賞できたのだと思います。

 入団発表の時に、1年間ユニフォームを着させてやるから、次の仕事を探しておくようにと言われた人に、「君のような選手をもう一度育ててみたい」と言わせたのかと思った瞬間、内心「やったぜ」と溜飲が下がる思いでした。しかし、その電話を受けた3日後、福田さんは他界されました。ガンだったそうです。福田さんの死後、よくよく考えてみましたら、福田さんは私の体格や負けん気の強い性格を考慮に入れて、何とか身体の大きい選手にも負けない体力と精神力を鍛え上げるために、意図的に私の反抗心を煽るような言動や態度をとっていたのだと思います。私は、そのことに気付いた時、愕然とすると同時に、福田さんへの感謝の気持ちが自然と沸き上がってくるのでした。