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講演収録 「困難を克服して」 プロ野球解説者 島田 誠 氏 6

ドラフト外で日本ハムに入団 しかし、またもや試練が

 大学時代もすぐにレギュラーになり、ベストナインにも選ばれました。大学卒業後は、名古屋にあるノンプロの丹羽鉦電機に入社したのですが、なんと野球部はすぐに廃部。その後は何とか野球を続けるために、創部して間もない地元福岡のあけぼの通商という会社の野球部に所属していました。すると、中日ドラゴンズから「今度のドラフトにかけるから」という声がかかりました。ドラフト会議は11月23日です。指折り数えながら、その日を楽しみに待っていたところ、前日の22日にスカウトの方から電話が入り、「関西の有力な選手が他の球団に取られそうだから、島田君はドラフト外でも構わないかね」と言われたのです。人の良い私は二つ返事で快諾しましたが、ドラフトで私の名前が読み上げられることはありませんでした。その時に「他の球団からも声がかかっていますから、中日さんが指名しなければ、他の球団に取られてしまいますよ」といえば、どうなったか分かりませんが後の祭りでした。そして、12月に電話を入れたところ「基選手と藤波選手のトレードが決まれば、ドラフト外で君を取る」といわれ、今度は間違いないという確認も取れました。しかし、結局そのトレードはご破算になってしまったのです。さて、困ってしまいました。どうにかして、どこかの球団にもぐり込めないかと、いろいろな球団にドラフト外での入団交渉を始めたのです。複数の球団と交渉した中で、一番契約金の高かった日本ハムに入団することに決めました。しかし、ホッとしたのも束の間、入団発表の時、日本ハムの当時の2軍監督の福田さんが私のところに近寄ってきて「君、何しに来たの」と。挙げ句の果てには「1年間ユニフォームを着させてやるから、次の仕事を探しておきなさい」と言うのです。何ということを言う人なんだと思いましたね。しかし、この福田さんが私の野球人生を大きく飛躍させてくれた人になろうとは、この時知る由もありません。